AIインフラの世界では、NvidiaのGPUを確保できるかどうかが企業の成長速度を左右する。しかし、そのNvidiaに頼らず、AMDだけで大規模AIクラウドを構築しているスタートアップがいる。ラスベガスを拠点とするTensorWave社だ。元プラズマ物理学者のCEOが「Nvidiaの独占に穴がある」と見立てた逆張りの戦略は、創業からわずか2年余りで評価額15億5,000万ドル(約2,402億円)の事業へと育った。その軌跡に迫る。
Nvidia一強時代の「隙間」
Our first shipment of MI355X racks are deployed, adding to one of the largest @AMD GPU clusters in the world. With 1GW of capacity lined up and a mission to prove there’s life beyond CUDA, we’re all-in on building the strongest AMD-first cloud.
— TensorWave (@tensorwave) 2025年8月23日
Appreciate the spotlight @futuriom pic.twitter.com/ANpYoQWYks
“MI355Xラックの第一便を配備した。世界最大級のAMD GPUクラスターがさらに広がる。1ギガワット分の容量を確保済みで、CUDAの外にも道があると証明することが我々の使命だ。AMDファーストのクラウドを最強にすることに全てを賭けている。”
TensorWave公式(@tensorwave)2025年8月の投稿より(日本語訳)
2024年、AI用GPU市場におけるNvidiaのシェアは推定80%を超えている。H100、そしてBlackwellアーキテクチャへと続く製品ラインは、世界中のAI企業が喉から手が出るほど欲しがるプロダクトだ。需要に対して供給が圧倒的に不足し、NvidiaのGPUは慢性的な品薄状態が続いている。
しかし、独占市場には必ず「不満」が存在する。価格の高騰、納期の長期化、ベンダーロックインへの懸念。Nvidiaに依存することのリスクを感じる企業は少なくない。そこに目をつけたスタートアップがいる。ラスベガスを拠点とするTensorWaveだ。
AMD GPUに全てを賭けた理由
Watch TensorWave Co-Founder & CEO Darrick Horton join @SiliconANGLE & theCUBE at the NYSE to discuss:
— TensorWave (@tensorwave) 2026年7月24日
• Why TensorWave bet on @AMD from day one
• The future of open AI infrastructure
• What it takes to deliver a seamless AI cloud experience
• Where AI infrastructure is…
“共同創業者兼CEOのダリック・ホートンが、ニューヨーク証券取引所からtheCUBEに登壇。なぜ初日からAMDに賭けたのか、開かれたAIインフラの未来、そして滞りのないAIクラウド体験を届けるために何が必要かを語る。”
TensorWave公式(@tensorwave)2026年7月の投稿より(日本語訳)
TensorWaveの戦略は明快だ。NvidiaのGPUを一切使わず、AMDのGPU(Instinct MI300X/MI325X)だけでAIクラウドを構築する。これは2023年の創業時点では、多くの人から「無謀」と見なされた判断だった。
なぜAMDだったのか。理由は3つある。第一に、AMDのGPUは調達可能だった。NvidiaのH100は発注から納品まで半年以上かかることもあったが、AMDは比較的スムーズに供給できた。第二に、AMDのMI300Xはメモリ容量(HBM)でNvidiaを上回っていた。大規模言語モデルの推論では、メモリ容量が性能のボトルネックになることが多い。第三に、価格性能比でAMDが有利なユースケースが確実に存在した。
CUDAエコシステムの壁は確かに高い。しかしTensorWaveは、自社でソフトウェアスタックを最適化し、顧客がAMD GPU上でも既存のAIワークロードをスムーズに実行できるよう、マネージドサービスとして提供した。ハードウェアの選択を、ソフトウェアの力で「見えなくする」戦略だ。
元プラズマ物理学者が描いた勝算
この逆張りを仕掛けたのは、ダリック・ホートンだ。アンドルーズ大学(Andrews University)で数学・物理学・機械工学を専攻し、在学中はNASAの資金援助のもとプラズマ物理研究に従事した。重力波検出プロジェクト「LIGO(レーザー干渉計重力波天文台)」でブラックホール合体のシミュレーションを手がけ、その成果はノーベル賞受賞論文に共著として収録されている。卒業後はロッキード・マーティンの秘密研究開発部門「スカンク・ワークス(Skunk Works)」で、コンパクト核融合炉の開発・シミュレーションに携わった。
その後、ホートンはFPGA( field-programmable gate array、用途に応じて回路を書き換えられる半導体)を使ったクラウドサービス企業VMAccelでCTOを経てCEOに就任し、約5年間クラウドインフラの最前線に立った。2022年にAMDがFPGAメーカーのXilinxを買収したことで、ホートンはAMDと深いつながりを持つことになる。この経験が、後にAMDのGPUを全面的に採用する判断を支えた。
「次に取り組む問題はAIコンピュートだ」と確信したホートンに声をかけたのは、共通の知人だったピョートル・トマシックとジェフ・タタチャクだった。ピックルボールの試合後に3人でラスベガスのバーに立ち寄り、GPU市場の独占がもたらす供給制約と参入余地を話し合ううちに、事業の輪郭が固まった。ピョートルはUNLV(ネバダ大学ラスベガス校)コンピュータサイエンス出身で、インフルエンサーマーケティング企業Influential(インフルエンサーと広告主をAIでマッチングするプラットフォーム)の共同創業者として同社を5億ドルでPublicisへ売却した実績を持つ。3人が意気投合し、2023年12月にTensorWaveを創業した。ホートンはその後、Forbes 30 Under 30(AI部門)にも選出されている。
ホートンがAMDに賭けた根拠は単純だった。Nvidiaが供給できない分の需要を、AMDが供給できれば市場は自然に動く。核融合炉の設計で鍛えたシステム思考が、GPU市場の構造的な歪みをいち早く見抜かせたといえる。
1億ドルのSeries Aと、世界最大の液冷クラスター
Today, we're announcing $350 million in Series B funding to accelerate the expansion of AMD-powered AI infrastructure.
— TensorWave (@tensorwave) 2026年6月10日
This investment will help us deploy more capacity, support larger AI workloads, and continue building an open alternative for organizations training and… pic.twitter.com/qIjLus4mKw
“本日、シリーズBで3億5,000万ドルの調達を発表する。AMDを基盤としたAIインフラの拡大を加速させるための資金だ。容量をさらに増やし、より大規模なAIワークロードを支え、学習と推論を行う組織のために開かれた選択肢を築き続ける。”
TensorWave公式(@tensorwave)2026年6月の投稿より(日本語訳)
2025年5月、TensorWaveはSeries Aで1億ドル(約155億円)を調達した。Series Aとしては異例の大型ラウンドで、リード投資家にはMagnetarとAMD Venturesが名を連ねた。Nexus Venture Partners、Prosperity7、Maverick Siliconも参加した。これに先立つ2024年10月には、ネバダ州スタートアップ史上最大となる4,300万ドル(約66億5,000万円)のSAFE調達も完了している。
調達資金でTensorWaveが構築したのは、8,192台のAMD Instinct MI325X GPUからなる直接液冷クラスターだ。世界最大の液冷AMD GPUデプロイメントであり、北米最大のAMD GPUトレーニングクラスターでもある。FP8演算で合計約21エクサFLOPSの処理能力と、毎秒2ペタバイトを超えるメモリ帯域幅を実現している。
投資家たちがTensorWaveに注目した理由は明確だ。AI計算需要の爆発に対して、Nvidiaだけでは供給が追いつかない。これは構造的な問題であり、短期的には解決しない。AMDという「第二の選択肢」を大規模に提供するプレイヤーには、巨大な市場機会がある。
TensorWaveのビジネスモデルは、GPU-as-a-Serviceだ。顧客はAMD GPUクラスターをクラウド経由で利用でき、自社でハードウェアを調達・管理する必要がない。AIスタートアップにとって、「今すぐ使えるGPU」は命綱であり、NvidiaのGPUが手に入らないなら、AMDでもいいから今すぐ計算資源が欲しい。そういう切実な需要にTensorWaveは応えた。
世界最大のAMDクラスター
🚨 @AMD's MI355X is here and we'll be among the first to bring it into production.
— TensorWave (@tensorwave) 2025年6月12日
Our AMD GPU Cloud brings you:
✅ High-density, liquid-cooled clusters
✅ ROCm-optimized software stack
✅ Dedicated capacity
✅ White-glove SLAs
Learn more at TensorWave dot com / connect pic.twitter.com/7AXYWoheop
“AMDのMI355Xが到着した。本番環境に載せるのは我々が最初のグループになる。高密度の液冷クラスター、ROCmに最適化したソフトウェアスタック、専用に確保された容量、手厚いSLA。これがAMD GPUクラウドだ。”
TensorWave公式(@tensorwave)2025年6月の投稿より(日本語訳)
TensorWaveが2025年に構築した8,192台のAMD Instinct MI325Xクラスターは、直接液冷(ダイレクト・リキッド・クーリング)で各チップを個別に冷却するシステムを自社開発した点が特徴だ。ラスベガスに構えるデータセンターは、電力コストが比較的低い地域という立地の利点も活かしている。
- 1MI325X。AMDの最新フラッグシップ256GB HBM3eメモリ搭載。大規模言語モデルの推論でH100を上回るケースも。
- 2クラスター規模の競争力AMD GPU単体の性能テストは多いが、数千台規模のクラスター運用ノウハウは希少。TensorWaveはここで差別化。
- 3ソフトウェア最適化チームAMD ROCm上でPyTorch、JAXなどを最適化。CUDAからの移行コストを最小限に抑えるツールを自社開発。
- 4エネルギーコストの最適化ラスベガス(ネバダ州)の電力料金は全米でも低水準。GPU密度を最大化する冷却設計も自社で開発。
大規模クラスターの運用は、単にGPUを並べるだけでは成り立たない。ネットワーク帯域幅、ストレージI/O、ジョブスケジューリング、障害復旧。あらゆるレイヤーでの最適化が必要であり、ここにこそTensorWaveの技術力が問われる。
セカンドプレイヤー戦略の本質
Read @LumaLabsAI's latest blog , "Luma Runs Production Inference on AMD and TensorWave". https://t.co/5ruGJYUflQ
— TensorWave (@tensorwave) 2026年7月22日
Make sure to find the TensorWave team at @AMD #AdvancingAI – Booth 935
“Luma AIのブログ『LumaはAMDとTensorWaveの上で本番の推論を動かしている』が公開された。”
TensorWave公式(@tensorwave)2026年7月の投稿より(日本語訳)
TensorWaveの戦略は、スタートアップ戦略論の教科書に載るべきケーススタディだ。彼らは「1位を倒す」のではなく「2位の市場を丸ごと取る」という発想で事業を設計した。
歴史を振り返れば、IntelがPC市場を支配していた時代にAMDが「安くて十分な性能」で生き残り、やがてサーバー市場でシェアを伸ばしたのと構図は似ている。独占市場のセカンドプレイヤーは、1位よりも高い成長率で拡大できることがある。なぜなら、市場全体が成長しているとき、供給制約がある1位の「取りこぼし」を全て吸収できるからだ。
日本のAIインフラへの示唆
日本においてもAIインフラの整備は喫緊の課題だ。さくらインターネットがNvidiaのGPUクラウドを国内で提供し始め、KDDIやNTTもAI用計算基盤への投資を加速している。しかし、日本のAIインフラはNvidiaへの依存度が極めて高い。
TensorWaveの事例は、「一つのベンダーに依存しない計算基盤」の重要性を示している。AMD、Intel、さらには国産半導体(Preferred NetworksのMN-Coreなど)を組み合わせたマルチベンダー戦略は、地政学リスクや供給リスクへのヘッジとしても有効だ。
Nvidia一強の時代にAMDに全てを賭けたTensorWave。2026年6月には評価額15億5,000万ドル(約2,402億円)でSeries B 3億5,000万ドル(約542億円)を調達し、グローバル展開を加速している。核融合研究から飛び出した元物理学者の逆張りは、市場の構造的な歪みを正確に読み取り、そこに資本を集中させるという意味では、極めてロジカルな賭けだった。独占市場のセカンドプレイヤーは、静かに、しかし確実に成長する。
起業家への示唆
- 1「逆張り」は勇気ではなく構造分析の結果ホートンが全員Nvidiaを選ぶ中でAMDに賭けたのは、FPGAクラウドとAMDとの深い関係、そしてGPU供給制約という構造を正確に読んだからだ。直感より先に市場の歪みを数字で確かめる習慣が、逆張りを「無謀」から「合理」へ変える。
- 2チームの多様性がセカンドプレイヤー戦略を支える物理学者のホートン、インフルエンサーマーケティングの大型イグジットを経験したトマシック、そしてビジネス開発担当のタタチャク。技術・事業・ネットワークの三役をそれぞれが担ったことで、ハードウェアとビジネスの両面で競争できる体制が整った。
- 3前職の知見をそのまま武器にするVMAccelでのAMD(Xilinx)との関係が、TensorWaveでのAMD全面採用の基盤になった。直近の会社で培った技術的なコネクションや業界知識は、次の起業で最初の競争力になる。過去のキャリアをリセットするのではなく、そのまま転用できるビジネスを選ぶ発想が有効だ。
参考文献
- 「TensorWave Secures $100 Million Series A Funding Co-Led by Magnetar and AMD Ventures」(Business Wire、2025年5月14日、https://www.businesswire.com/news/home/20250514340458/en/TensorWave-Secures-$100-Million-Series-A-Funding-Co-Led-by-Magnetar-and-AMD-Ventures)
- 「TensorWave Raises $43M in SAFE Funding, the Largest in Nevada Startup History」(Business Wire、2024年10月8日、https://www.businesswire.com/news/home/20241008734926/en/TensorWave-Raises-$43M-in-SAFE-Funding-the-Largest-in-Nevada-Startup-History-to-Advance-AI-Compute-Solutions)
- 「TensorWave Raises $100M to Build the World’s Largest Liquid-Cooled AMD GPU Deployment」(HPCwire、2025年5月、https://www.hpcwire.com/off-the-wire/tensorwave-raises-100m-to-build-the-worlds-largest-liquid-cooled-amd-gpu-deployment/)
- 「TensorWave just deployed the largest AMD GPU training cluster in North America」(Tom’s Hardware、2025年、https://www.tomshardware.com/pc-components/gpus/tensorwave-just-deployed-the-largest-amd-gpu-training-cluster-in-north-america-features-8-192-mi325x-ai-accelerators-tamed-by-direct-liquid-cooling)
- 「TensorWave Raises $350 Million Series B at $1.55B Valuation」(Business Wire、2026年6月10日、https://www.businesswire.com/news/home/20260610650010/en/TensorWave-Raises-$350-Million-Series-B-at-$1.55B-Valuation-to-Expand-Global-AMD-Powered-AI-Infrastructure)
- 「The Forbes 30 Under 30 CEO who left Lockheed Martin’s Skunk Works raises $350M at $1.55B」(Tech Funding News、2026年、https://techfundingnews.com/tensorwave-350m-series-b-all-amd-ai-infrastructure/)
- 「Las Vegas’ TensorWave CEO lands on Forbes 30 Under 30」(Las Vegas Review-Journal、https://www.reviewjournal.com/business/vegas-business/innovation/las-vegas-tech-ceo-lands-on-forbes-30-under-30-3597214/)
- 「How TensorWave CEO Darrick Horton is Leading the Company to the Forefront of AI Compute Technology」(ValiantCEO、https://valiantceo.com/darrick-horton-tensorwave/)
- 「Building Startups, Bridging Communities: Alum Nurtures Local Tech Talent」(UNLV、https://www.unlv.edu/news/article/building-startups-bridging-communities-alum-nurtures-local-tech-talent)
- 「Darrick Horton on TensorWave’s AI infrastructure Vision」(SecureITWorld、https://www.secureitworld.com/interviews/interview-with-darrick-horton-founder-and-ceo-of-tensorwave/)
- 「Piotr Tomasik, Co-Founder and President of TensorWave – Interview Series」(Unite.AI、https://www.unite.ai/piotr-tomasik-co-founder-and-president-of-tensorwave-interview-series/)
※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。



