データベースを使う開発者には、長年ついて回る「常識」があった。全文検索が必要なら、PostgreSQLとは別にElasticsearchクラスタを立てるしかない。しかしPostgresの中に検索エンジンそのものを組み込む企業が現れた。ParadeDB社だ。その野心と、Postgresエコシステムを揺るがす戦略に迫る。

Postgresの中に検索エンジンを作る

“ParadeDBがPostgresのブロックストレージと統合された。我々の知る限り、検索・分析エンジンをPostgresのストレージと統合した例は過去にない。これは大きな一歩だ。なぜやったのか、どうやったのか、そしてなぜ気にする価値があるのかを説明する。”

共同創業者兼CEOフィリップ・ノエル(@philippemnoel)2025年1月の投稿より(日本語訳)

データベースの世界には長年、一つの「常識」があった。リレーショナルデータベース(表形式でデータを管理するソフトウェア)と全文検索エンジンは別物であり、両方が必要なら両方を運用しなければならない、というものだ。PostgreSQL(略称Postgres。世界で最も広く使われるオープンソースのデータベースの一つ)にデータを保存し、Elasticsearchで検索する。この二重構成は、何百万もの企業が当たり前のように受け入れてきたアーキテクチャだった。

ParadeDBは、この常識を真正面から否定する。PostgreSQLの拡張機能(Extension)として全文検索とアナリティクスを直接組み込む。データを別のシステムに複製する必要はない。同期の遅延もない。運用するインフラは一つだけ。開発者がもっとも慣れ親しんだPostgresの中で、すべてが完結する。

2023年に設立されたこのスタートアップは、2025年7月時点で100,000件以上のOSSインストールを達成し、Craft Ventures主導の1,200万ドル(約18億6,000万円)のSeries Aを調達した。創業から約2年で、検索インフラの世界に本格的な地殻変動を起こしつつある。

Elasticsearchの「重さ」という課題

“最新の拡張機能pg_analyticsによって、ParadeDBはPostgresベースで世界最速の分析用データベースになった。Elasticsearchより8倍速く、Clickhouseとほぼ並ぶ。Postgres上にElasticsearchの代替を作る、その3作目だ。”

ParadeDB公式(@paradedb)2024年1月の投稿より(日本語訳)

Elasticsearchは優れたプロダクトだ。2010年の登場以来、全文検索のデファクトスタンダードとして君臨し、数え切れないほどの企業がその恩恵を受けてきた。しかし、その「重さ」は年々、開発者にとっての大きな負担になっていた。

Elasticsearch vs ParadeDB、アーキテクチャの違い
Elasticsearch
独立したクラスタ
JVMベース。専用クラスタの運用が必要。データ同期パイプラインの構築・保守が開発者の負担に
vs
ParadeDB
Postgres拡張
Rustで実装。CREATE EXTENSIONで有効化。SQLでそのまま全文検索。追加インフラ不要

Elasticsearchを本番運用するには、JVMのチューニング、シャーディング戦略の設計、クラスタの監視、そしてPostgresとの間のデータ同期パイプラインの構築が必要になる。中小規模のチームにとって、検索機能のためだけにもう一つのインフラを運用するのは過剰な投資だった。

さらに厄介なのは「データの一貫性」の問題だ。Postgresに書き込んだデータがElasticsearchに反映されるまでにはタイムラグがある。このラグが引き起こすバグは、デバッグが困難で、ユーザー体験を静かに蝕む。ParadeDBのアプローチなら、データはPostgresに一元化されるため、一貫性の問題がそもそも発生しない

1/10
インフラコスト削減
0
同期遅延
SQL
クエリ言語そのまま

ハーバードCSを出たCEOの原体験

“ParadeDBは、ElasticsearchのワークロードをPostgresへ持ち込むために、シリーズAで1,200万ドルを調達した。”

共同創業者兼CEOフィリップ・ノエル(@philippemnoel)2025年7月の投稿より(日本語訳)

ParadeDBの共同創業者でCEOのフィリップ・ノエル(Philippe Noël)は、カナダ・ケベック州リヴィエール=デュ=ルー出身。ハーバード大学(Harvard University)でコンピュータサイエンスと神経科学(Mind, Brain & Behavior)を専攻し、2020年にCum Laude(優等)で卒業した。在学中の2019年夏には、マイクロソフトのAzure部門でプログラムマネージャーとしてインターンを経験し、クラウドインフラの内部構造に深く踏み込んだ。2016年の入学時にオリエンテーションで出会ったのが、後に共同創業者となる統計学専攻のミン・イン(Ming Ying)だ。二人は学生時代から互いにスタートアップのアイデアを出し合い、卒業後すぐにクラウドハイブリッドブラウザのスタートアップ、Whist(2020〜2022年)を20名規模のチームで立ち上げた。

卒業後、ノエルはミン・インとともにWhist(2020〜2022年)を立ち上げた。Whistのバックエンドでは、PostgreSQLとElasticsearchを両方運用していた。ETLパイプライン(データを別システムへ転送・変換する処理)の保守、検索インデックスとDBの同期ラグ、リアルタイム保証の欠如、この三重の負担が、ノエル自身の原体験となった。2022年末にWhistを閉じた後、二人はYC(Y Combinator。米国の著名なスタートアップ育成プログラム)S23バッチに別のアイデアで応募した。当初は企業の環境負荷を可視化するサステナビリティプラットフォームを構想していたが、開発中に構築した検索インフラ部分への関心が顧客から相次いだ。50社超の開発者にヒアリングを重ねると、「Postgresにデータがあるのに、検索のためだけにElasticsearchを立てなければならない」という不満が業界横断で共有されていることが分かり、方針を転換した。

転機は、Rustの成熟だった。Rustの安全性とパフォーマンスは、PostgreSQLの拡張機能を書くのに理想的だった。C言語で拡張を書く時代の危険性、つまりメモリリーク、セグメンテーションフォルト、未定義動作をRustなら回避できる。ノエルはCTOのミン・インとともに、Rustで書かれたPostgres拡張として全文検索エンジンを一から設計することを決意した。

  • 1
    2023年:創業・OSS公開GitHubでpg_searchを公開。Hacker Newsのトップに登場し、開発者コミュニティで話題に。
  • 2
    2023年後半:YCombinator S23・シード調達YCombinator Summer 2023バッチに参加し、初期資金を獲得。フルタイムチームを構築。
  • 3
    2024年:pg_analytics発表全文検索に加え、カラムナーストレージによるアナリティクス機能を追加。Postgresの万能化を加速。
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    2025年:1,200万ドルSeries ACraft Ventures主導。100,000件超のインストール実績を背景に、エンタープライズ向け展開を本格化。

Craft Venturesは、デービッド・サックスが率いるシリコンバレーの有力VCだ。PayPalでCOOを務め、企業向けSNSのYammerを創業してMicrosoftに売却した経験を持つサックスは、開発者ツールとSaaSの市場価値を深く理解する投資家として知られる。ParadeDBへの投資は、「Postgresエコシステムの拡張」という大きなトレンドへの賭けでもある。

実際、Postgresは世界で最も人気のあるリレーショナルデータベースの一つであり、Stack Overflowの開発者調査でも常に上位に位置する。そのPostgresの機能を拡張するというアプローチは、既存のユーザーベースをそのまま潜在顧客に変えるという、効率的なGo-to-Market戦略だ。

開発者がいる場所で戦う戦略

“うれしい知らせだ。最大級のマネージドPostgres提供事業者であるNeonと組み、ParadeDBを彼らのプラットフォームに載せた。今朝から、pg_searchがNeon上で使えるようになった。”

ParadeDB公式(@paradedb)2025年3月の投稿より(日本語訳)

ParadeDBの戦略を一言で要約するなら、「開発者がいる場所で戦う」ということになる。新しいデータベースを売り込むのではなく、開発者がすでに使っているPostgresの中に価値を届ける。この「拡張戦略」は、単なる技術的な選択ではなく、深い市場洞察に基づくビジネス戦略だ。

ParadeDBの開発者ファースト戦略、3つの柱
01 ゼロ摩擦の導入
CREATE EXTENSIONの一行で有効化。新しいインフラの構築不要。学習コストもSQLの知識だけで済む。
02 OSSファーストの信頼構築
コアはAGPLライセンスで完全公開。開発者はソースコードを読んで安心できる。コミュニティからのフィードバックが製品を磨く。
03 既存エコシステムとの共存
pgvector、PostGIS、Citus等の他のPostgres拡張と共存可能。開発者の既存投資を無駄にしない。

この戦略の本質は、「新しいカテゴリを作る」のではなく、「既存のカテゴリに新しい能力を追加する」というアプローチだ。開発者にとって、新しいデータベースを採用するコストは計り知れない。スキーマの移行、アプリケーションコードの書き換え、運用ノウハウの蓄積、いずれもゼロからのスタートになる。

ParadeDBのマネタイズモデルもこの戦略と整合的だ。OSSのコアは無料で提供し、エンタープライズ向けのクラウドホスティング、SLA付きサポート、高度なセキュリティ機能を有償で提供する。OSSで開発者の信頼を獲得し、エンタープライズで収益を上げる。HashiCorp、Confluent、Databricksが歩んできた道と同じだ。

日本のスタートアップが学べること

ParadeDBの物語は、日本のスタートアップにいくつかの重要な示唆を与えてくれる。

  • 1
    「新しいカテゴリ」を作る必要はない既存のエコシステムの中に不足している機能を追加する戦略は、市場教育のコストを大幅に削減する。日本のB2Bスタートアップも、Salesforceの拡張、Slackのアプリ、AWS上のマネージドサービスなど、既存プラットフォームの「隙間」を狙うアプローチが有効だ。
  • 2
    OSSは最強の営業チームParadeDBはOSSで100,000件超のインストールを達成し、その実績をもとにSeries Aを調達した。コードそのものが営業してくれる。日本でもOSSファーストのスタートアップは増えつつあるが、まだ少数派だ。
  • 3
    「重い」ソリューションへの反発は常にチャンスElasticsearchがParadeDBの機会を生んだように、日本でも「使いこなすのが大変なエンタープライズツール」は数多くある。その複雑さを劇的に減らすプロダクトには、大きな需要が存在する。

ParadeDBが証明しつつあるのは、巨人を倒すのに巨人になる必要はないという事実だ。Elasticsearchは時価総額数十億ドルの上場企業だ。しかし、ParadeDBは正面から競合するのではなく、開発者が日常的に使うPostgresの中から、静かにその領域を侵食していく。

「開発者がいる場所で戦う」。このシンプルな原則は、技術の世界だけでなく、あらゆるビジネスに通じる本質を含んでいる。顧客のワークフローを変えるのではなく、顧客のワークフローの中に溶け込む。それが、小さなチームが巨人に勝つための最も確実な戦略なのかもしれない。

起業家への示唆

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    失敗したプロダクトの副産物を見逃すなParadeDBはWhist閉鎖後にYCへ別アイデアで入り、そこで構築したインフラへの顧客反応が本命プロダクトを生んだ。「捨てるはずだったもの」に本当の市場ニーズが宿っていることがある。
  • 2
    既存インフラの「摩擦」こそ最大の参入機会ElasticsearchとPostgresの二重管理という業界横断の不満は、50社へのヒアリングで初めて輪郭を持った。自らが痛みを感じた課題は、顧客インタビューで検証し、データで裏付けてから動く。
  • 3
    技術選定そのものがGo-to-Market戦略になるRustで書くことでPostgres拡張の安全性を確保し、OSSで公開することで営業コストをゼロにした。実装言語とライセンスの選択が、製品の信頼性とコミュニティ獲得を同時に決定づけた。

参考文献

  • 「Announcing Our $12M Series A」(ParadeDB公式ブログ、2025年7月14日公開、https://www.paradedb.com/blog/series-a-announcement)
  • 「ParadeDB takes on Elasticsearch as interest in Postgres explodes amid AI boom」(TechCrunch、2025年7月15日公開、https://techcrunch.com/2025/07/15/paradedb-takes-on-elasticsearch-as-interest-in-postgres-explodes-amid-ai-bomb/)
  • 「Why We Invested in ParadeDB」(Craft Ventures、https://www.craftventures.com/articles/why-we-invested-in-paradedb)
  • 「Interview with: Philippe Noël」(PostgreSQL Person of the Week、https://postgresql.life/post/philippe_noel/)
  • 「Open-Source Odyssey: Philippe Noël, founder of ParadeDB」(Medium / Brian Bell、https://brianrbell.medium.com/open-source-odyssey-philippe-no%C3%ABl-founder-of-paradedb-71d3a330e703)
  • Philippe Noël Crunchbaseプロフィール(https://www.crunchbase.com/person/philippe-no%C3%ABl)

※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。