警察官の仕事と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。派手な捜査や追跡。しかし実際は違う。彼らの時間の多くは、終わりのない書類作業に消えている。19歳でMITを中退した3人組のスタートアップ「Code Four」が、その書類地獄をAIで劇的に変えた。ボディカメラ映像から報告書を自動生成するだけのシンプルな仕組みが成功を収めた理由とは?

サイエンスフェアで出会った3人

ジョージ・チェンとディラン・グエン、ナトナエル・カサイ。3人の共通点は、全員MITに入学し、そして全員MITを中退したことだ。

チェンとグエンが出会ったのは、高校時代の国際サイエンスフェアの大会巡業中だった。世界各地の科学コンクールを転戦するなかで意気投合した2人は、数学やコンピュータサイエンスの問題を一緒に解きながら、「難解な問題を解くのが何より好きだ」という共通の趣向を確かめ合った。

2人の競技歴は、単なる学業優秀とは一線を画す。チェンはノースカロライナ州立科学数学学校(NCSSM)在学中から頭角を現し、2023年のRegeneron ISEFで生物医学・健康科学部門の1位を受賞した。研究テーマは、1日わずか3ドルで使えるウェアラブル型マイクロニードルパッチによる2型糖尿病管理で、家族が糖尿病に苦しむ姿を見てきた自身の原体験が動機だった。この研究はEU版コンテストへの代表選抜賞も受け、ワールド・サイエンス・スカラー(World Science Scholars)にも選ばれた。一方グエンは、同年のIEFSで生物医学・健康科学部門3位を獲得。プログラミングのオリンピック競技にあたるUSACOでも最上位のゴールド部門に入った。後にCode FourのCEOを務めるチェンとCTOを務めるグエン、2人は19歳だった。

MITに進学した3人は、大学の授業よりもはるかにエキサイティングなことに気づく。「現実世界の問題を、自分たちの手で解決する」ということだった。2024年、3人はMITを中退し、Y CombinatorのX25(Spring 2025)バッチに参加。Code Fourを立ち上げた。

“ジョージ・チェン、ナトナエル・カサイとともにMITを離れ、Code Fourをつくり続けられることにわくわくしている。ずっと支えてくれた2人にも感謝したい。”

CTOのディラン・グエン(@dynguyen0)の投稿より(日本語訳)

なぜ警察なのか。創業の動機はシンプルだ。MITのキャンパスで話しかけた警察官がぽつりと漏らした言葉と、その後ポカテロ警察署で行ったライドアロングと泊まり込み調査が出発点だった。現場に密着するほど、「パトロールから帰ってきてから、報告書を書くのに2時間以上かかる」という現実が見えてきた。この課題こそが、Code Fourの原点になった。

警察官のシフトの1/3は書類作業

アメリカの警察官が直面している現実は、多くの人が想像するものとはかなり異なる。テレビドラマに出てくるような派手な捜査や追跡劇ではなく、シフトの約3分の1を書類作業に費やしているのが実態だ。

33%
シフト時間のうち
書類作業の割合
2時間以上
1件の事案あたり
報告書作成時間
70万人
全米の現役
警察官数

交通事故の対応、万引きの処理、家庭内トラブルの仲裁。現場での対応が終わった後、警察官は署に戻り、何が起きたかを詳細に記録しなければならない。日時、場所、関係者の氏名、事案の経緯、証拠の所在、そして法的に必要な定型文。一つひとつを手動で入力する。

しかも、この報告書は法的文書だ。裁判で証拠として使われることもある。正確性が極めて重要であり、同時に書式の決まりも厳格だ。1箇所でもミスがあれば当然、裁判で大問題になるし、記載漏れがあれば捜査そのものにも支障をきたす。

警察官の業務時間、Code Four導入の前後
Before
書類に追われる日々
パトロール4時間、書類作業3時間、残り1時間で休憩と引き継ぎ。地域住民との対話時間はゼロ
After
街に出る時間が35%増
AIが報告書を自動生成。レビューと承認だけ。浮いた時間を地域パトロールと住民対応に

この状況は、アメリカの治安にも直結している。警察官がデスクワークに追われる時間が増えるほど、街頭パトロールの時間は減る。書類作成の手間が間接的に犯罪抑止力を弱めているという皮肉な構造だ。Code Fourの3人は、ここにテクノロジーで切り込めると確信した。

ボディカメラ映像からレポートを自動生成

Code Fourのプロダクトは、驚くほどシンプルなコンセプトのAIだ。警察官のボディカメラ映像をAIが解析し、報告書を自動生成する

アメリカの多くの警察署では、ボディカメラの装着が義務化されている。つまり、現場で何が起きたかの「生データ」はすでに存在しているのだ。問題は、その映像を文字に変換し、法的に有効な報告書のフォーマットに落とし込む作業が、これまではすべて手動だったことにある。

  • 1
    映像の自動文字起こしボディカメラの音声をAIがリアルタイムで文字起こし。複数の話者を自動識別し、誰が何を言ったかを正確に記録。
  • 2
    個人情報の自動マスキング関係者の顔、ナンバープレート、住所などの個人情報をAIが自動検出しマスク処理。プライバシー保護をシステムレベルで担保。
  • 3
    報告書フォーマットへの自動変換各署独自のテンプレートに準拠した報告書を自動生成。日時、場所、関係者情報、事案概要を構造化して出力。
  • 4
    警察官によるレビューと承認最終的なチェックは必ず人間が行う。AIの出力を確認し、必要に応じて修正・承認するワークフロー。

特に注目すべきは、個人情報の自動マスキング機能だ。ボディカメラの映像には、犯罪被害者や目撃者の顔、通行人、住居の内部など、極めてセンシティブな情報が含まれる。従来は映像編集の専門スタッフが一つひとつ手動でマスクをかけていた。Code Fourはこのプロセスもすべて自動化し、映像公開リクエストへの対応時間を90%以上短縮したとしている。

“Code Fourは、警察官のためのAIコパイロットをつくっている。報告書を自動生成し、供述の裏付けを取り、証拠を瞬時に引き出す。デスクワークの時間を60%削減し、警察官が地域に最も必要とされる場所に立てるようにする。ローンチおめでとう、ジョージ、ディラン、ナトナエル!”

Y Combinator(@ycombinator)の投稿より(日本語訳)

270万ドルの資金調達と、急拡大する警察署

Code Fourは2025年11月、AME Cloud Venturesをリードインベスターとして270万ドル(約4億1,850万円)のシードラウンドを完了した。AME Cloud Venturesは、Yahoo!共同創業者のジェリー・ヤングが率いるファンドだ。他の投資家には、Pathlight Ventures、Webb Investment Network、そしてY Combinatorが名を連ねる。

YC X25バッチの中でも、Code Fourは特に注目を集めるチームの一つだった。シード調達後も導入署数は急速に拡大している。

急拡大中
導入済み警察署
30ドル/月(4,650円)〜
1警察官あたりの料金
35%増
パトロール時間の増加

料金体系は30ドル/警察官/月(約4,650円)から。警察署にとっては極めてリーズナブルだ。一人の警察官の年収が5万〜7万ドルであることを考えると、月額30ドルで書類作業時間を大幅に削減できるなら、費用対効果は圧倒的だ。

導入署ではパトロール時間が平均35%増加したという。報告書の品質も向上している。人間が疲労で書き間違えるようなミスをAIは犯さないし、定型的な法的文言の記載漏れも起きない。

バーティカルAIの教科書

Code Fourは、いわゆる「バーティカルAI」の教科書的な事例だ。バーティカルAIとは、特定の業界・業種に特化したAIソリューションを指す。ChatGPTのような汎用AIとは対照的に、狭い領域を深く掘り下げることで、汎用AIには出せない精度と価値を実現する。

バーティカルAIが勝つ3つの条件
01 ドメイン知識の壁
法執行機関の報告書には独自のフォーマット、法的要件、専門用語がある。汎用AIでは対応できない深い業界理解が必要。
02 データの閉鎖性
警察データは極めてセンシティブで、外部に出せない。FedRAMPなどの政府認証を取得したインフラが必須。
03 調達プロセスの複雑さ
政府機関への販売は、民間企業とは全く異なる。入札、契約審査、セキュリティ監査。この壁が参入障壁であり、同時に堀になる。

Code Fourが興味深いのは、参入障壁の高さそのものを競争力の源泉に変えている点だ。政府機関との契約プロセスは複雑で時間がかかる。しかし一度契約が成立すれば、切り替えコストは極めて高い。警察署が導入したシステムを簡単に変更することはない。セキュリティ審査をゼロからやり直す必要があるからだ。

さらに、蓄積されたデータとフィードバックは、プロダクトの精度を日々向上させる。後発の競合がゼロからこのデータ上の差を追いかけるのは、事実上容易ではない。「先に入った者が勝つ」というネットワーク効果が、バーティカルAIの世界では特に強く働く。

日本の公的機関への示唆

Code Four誕生の物語は、日本にとって極めて示唆に富んでいる。なぜなら、日本の政府をはじめとする公的機関は世界でもトップクラスの「ペーパーワーク大国」だからだ。

指摘するまでもなく、日本の警察官も、膨大な書類作業に追われている。交通事故の実況見分調書、被害届、供述調書。すべてが紙ベースまたは旧式のシステムで処理されている。そして警察だけではない。消防、自治体窓口、税務署、入管。日本の公的機関全体が、ペーパーワークの海に沈んでいるのが現状だ。

  • 1
    警察の書類作業自動化ボディカメラの普及は日本でも始まっている。映像からの報告書自動生成は、日本語対応できれば巨大な需要がある。
  • 2
    消防・救急のレポーティング出動報告、搬送記録、現場写真の管理。Code Fourのモデルは消防・救急にもそのまま応用可能。
  • 3
    自治体窓口の効率化住民対応の録音・記録から申請書類を自動生成する仕組みは、デジタル庁が推進するDXの方向性と合致する。

日本の公的機関向けAIスタートアップは、まだ黎明期だ。GovTech(ガブテック)と呼ばれるこの領域は、市場規模は巨大だが参入障壁も高い。政府調達の複雑さ、セキュリティ要件の厳しさ、意思決定の遅さ。これらはすべて、裏を返せば「一度入り込めば簡単には追い出されない」ことを意味する。

MIT中退の3人がアメリカの警察を変えようとしている。日本でも、公的機関のペーパーワークをAIで自動化するという同じビジョンを持つスタートアップが現れる余地は、十分にある。

Code Fourが証明しつつあるのは、AIの真の価値は「派手な新機能」ではなく、「すでに存在する退屈な作業を消し去ること」にあるということだ。警察官が書類から解放され、1分でも長く街を守れるなら。それこそがテクノロジーの最も本質的な役割だろう。

起業家への示唆

  • 1
    現場に寝泊まりしてから作るCode Fourの3人はMITキャンパスで警察官に話しかけ、その後アイダホ州ポカテロ警察署に寝袋持参で乗り込んだ。「課題があるはずだ」という仮説を、実際のシフトに密着して検証したからこそ、現場が使えるプロダクトが生まれた。
  • 2
    参入障壁の高い市場こそ、長期的な堀になる政府機関への販売プロセスは複雑で時間がかかる。しかし一度契約が成立すれば、乗り換えコストは極めて高い。競合が追いかけにくい市場を選んだことが、Code Fourの事業構造を強固にしている。
  • 3
    科学コンクールの勝者は、問題設定が上手いチェンもグエンも、ISEF(国際科学技術フェア)で生物医学部門の最上位を取った問題解決者だ。「退屈で誰も手を付けたがらない課題」を見つけ出し、自分たちのスキルで解ける形に落とし込む能力が、スタートアップの立ち上げでそのまま活きている。

“Delveのやり方を拝借して、今日は警察にドーナツを30箱以上、手渡しで届けてきた。”

CEOのジョージ・チェン(@gcheng713)の投稿より(日本語訳)

※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。

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